症例報告ブログ

猫の動脈血栓塞栓症

動脈血栓塞栓症(Arterial thromboembolism:ATE)は心疾患のある猫に見られる合併症であり、血管内に血の塊である血栓ができてしまうことで閉塞を起こし、致死率の高い非常に予後の悪い病気です。

何の前ぶれもなく猫が突然激しい痛みを訴え、流涎や呼吸状態の悪化など、飼い主さんが驚かれることが少なくありません。

 

原因

猫の動脈血栓塞栓症の原因の多くは心原性です。特に猫は肥大型心筋症が多く、血流の異常により血栓が出来やすいため、それが血管内に詰まることによって閉塞を起こします。

また甲状腺機能亢進症による心負荷や心筋障害などの二次的なもの、先天性心疾患なども原因となりえます。

心原性以外(肺腫瘍、肝不全など)もあります。

 

臨床症状

大声で鳴く、呼吸促迫(困難)、大量の流涎などの突然の激しい疼痛が認められることが多いです。

場合により肉球の血色が悪くなる(紫色)または蒼白になることが認められます。

特に後肢に症状が認められることが多く、はじめは片足だったが次第に両足になることもあります。

低体温など全身状態が悪い場合は特に予後が悪い可能性が高いです。

 

診断

臨床症状や身体的所見、既往歴から判断します。また、血液検査にて特定の項目に異常な数値がないか確認します。

レントゲンやエコー検査にて血栓の描出が可能な場合もあります。心電図検査にて波形の異常や不整脈が認められる場合もあります。

 

治療

・鎮静、鎮痛管理

かなりの疼痛を伴うことが多いため、まずは鎮静や鎮痛などの管理が重要になります。

 

・抗凝固、抗血小板療法

急性期にはヘパリン、低分子ヘパリンなどの抗凝固剤にて治療を行います。

回復後は再発予防のために抗血小板薬を経口投与しますが、薬の性質上かなり飲ませにくいことが多いです。

 

・血栓溶解剤

予後不良因子が多い(データとして、発症から6時間以内に投与しても有益性は得られていない)、出血リスクが高い、再灌流障害(塞栓が解除されることに伴う弊害)の可能性があることなどから、基本的には推奨されていません。

もともと身体には線溶系という血餅を溶かす機能が備わっており、時間をかけて無くなっていくのを待ちます。

 

・外科手術

発症から6〜8時間以内であれば外科的な血栓摘出なども選択肢になり得ます。

ただし、原因や年齢、全身状態により適応にならないケースが多いです。

また、かなりのリスクを伴うため、飼い主様とのインフォームドが重要になります。

血栓除去の目的ではありませんが、患肢が壊死を起こしたなどの場合には、切除手術が必要なこともあります。

 

予防

現状では血栓を予防する明確な方法はありません。ただし、もともと心筋症と診断されていて血栓のリスクが高い状況と判断されている場合は、予防的に抗血小板薬を経口投与します。アメリカンショートヘアやスコティッシュフォールドなどの心筋症になりやすい品種、アビシニアンやラグドールなどの血栓症になりやすい品種は注意しておくことも1つです。

 

予後

予後不良なことが多く、海外では安楽死のケースも多いです、また一度落ち着いても再発する可能性が高く、再初までの日数の中央値は約100日とも言われています。

 

 

症例

13歳3か月、アメリカンショートヘア、雄、3.72kg、体温37.0℃

夜間の救急外来にて対応

既往歴なし

 

・稟告

左後肢の破行、肉球が白い

呼吸が荒く、流涎もひどい

 

・身体所見

顕著な疼痛

呼吸促迫で開口呼吸、頻脈

左後肢の肉球蒼白、全体的に冷感

股動脈触知できず

 

・血液検査

血糖値の上昇(緊張、興奮のため上昇することがある)

CPK:265U/l(73〜361) 筋肉の細胞が壊れたときに上昇する

 

・レントゲン検査

肺野の不透過性亢進

流涎からの誤嚥性肺炎や肺血栓塞栓症の可能性

 

・エコー検査

呼吸状態が悪いため実施せず

 

・診断

CPKの上昇などは認めませんが、臨床症状から左後肢の血栓症を疑いました。亡くなる可能性も十分に高そうでしたが、入院での管理となりました。

 

・治療、経過

抗生剤、鎮痛薬、抗凝固薬を使用しながら、酸素供給のあるICUにて治療を開始。

翌朝には鎮痛薬が効いてきたのか、表情はだいぶ落ち着いていました。

改めて血液検査をするとCPK:>2000U/lとなっていました。

エコー検査でも左大腿への血管に血栓と思われる影が確認できました。

心臓のエコーでは肥大型心筋症が確認されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2週間ほど入院し、この子は退院することができました。しかし左後肢には浮腫や腫脹が残り、今後の注意深い経過観察が必要です。

 

・退院後

自宅では強心薬のピモベンダン、抗血小板薬のクロピドグレル、心臓のサプリメントを経口投与してもらい、経過を追っていきました。左後肢には麻痺が残り、上手く動かせないため擦れて傷になることもありました。包帯や抗生剤も使用しつつ、患部のケアをしていきました。

しばらくは安定していましたが、退院から約2か月後、再び血栓が詰まり、再入院しましたが次の日の朝に亡くなりました。

 

 

まとめ

動脈血栓症は基本的に予後が悪く、極めて致死率の高い病気です。

一度落ち着いても、再発する可能性も非常に高いです。

基本的な治療は鎮痛と抗血栓療法となり、特に疼痛のケアがQOL(生活の質)向上に必要となります。

もしおうちの猫ちゃんが急に足を引きずったり痛がるようなら、早めの診察をお勧めします。